女の前で
女の方へ、へき地からひとりの男がやってきて、女の中へ入りたいと言う。
しかし女は言う。
今は入っていいと言えません、と。
よく考えたのち、その男は尋ねる。
つまり、あとになれば入ってもかまわないのか、と。
「かもしれません。」
女が言う。
「だが今はだめです。」
女のそこはいつも開け放たれている。
そこで男は身をかがめて、中をのぞいて見ようとした。
そのことに気づいた女が笑って、こう言った。
「そんなに気になるのなら、やってみたら。私は入ってはいけないと言っただけだからね。いいですか、私は強い。だが、私はいちばん格下の守りにすぎない。私に勝っても、次々と用心棒が現れるでしょう。そいつらは、前のものよりもっと強いのです。三番目の用心棒でさえ、私はそいつを直視することもままできません。」
これほどの難関を、へき地の男は予想だにしていなかった。
女は誰にでもいつでも開かれているはずなのに、と思った。
だが、男は女をじっと見つめた。
女は毛皮のコートに身を包み、尖った鼻を持ち、赤く長い口を持っている。
そのとき男は心に決めた。むしろ、入っていいと言われるまで待つのだ、と。
女が男に腰掛けを与え、女のわきへ腰を下ろさせた。
その場所で、男は幾日も幾年も座り続けた。
男は、入ってもいいと言われたくて、さまざまなことを試してみた。だが、あまりにもはげしいため、女をうんざりさせた。
女は、幾度となく男に簡単な尋問をおこなった。男の出身地をあれやこれやと問いつめた。
それ以外のことも同じように訊いたが、その問いかけは目上の人間がする一通りのものにすぎず、いつも終わりに女は男へこう言うのだった。
今は入っていいと言えません、と。
旅のために男はあらかじめたくさんのものを持ってきたが、すべて使ってしまった。だが、どれもずいぶん役に立った。女にプレゼントを贈ったのだ。
この女はどれもみな受け取りはしたが、そのときにこう言い添えるのだった。
「一応もらっておきます。やり残したことがあるなどと思ってほしくありませんから。」
何年ものあいだ、男はほとんど休みなく、女から目を離さなかった。
そのうち男は用心棒がいることを忘れ、この女が、中へ到るための唯一の障害だというふうに思えてきた。
男は不幸を嘆いた。はじめの一年はなりふり構わず声を張り上げていたが、年老いてしまうともう、ただいつまでもだらだらとぼやくだけだった。
子どもっぽくなった男は、女をずっとつぶさに見てきたからか、なんとその毛皮の襟巻きにノミがいると気づいた。そこで、男はそのノミに、助けてくれ、あの女を説得してくれ、と頼み込んだ。
ついには視力も衰え、男は本当に暗いのか、ただ目の錯覚なのかが、わからなくなった。
とはいえ、暗闇の中、女の中から消えずに差し込んでくる光が、男には今はっきりと見えた。
もう、男の命ももはやこれまでだった。
死を目前にして、男の頭の中で、今までの人生すべての時間が、ひとつの問いへと集束していった。
それは男がこれまで女に一度も訊いたことのない問いだった。
男は女に、手を振って知らせた。
身体がこわばって、もはや自力で起き上がることができなかった。
女は男のためにしゃがみこんだ。今は男にとってずいぶん苦しいものとなっていたからだ。
「今さらいったい何を知りたいというの。」
女が訊く。
「欲張りですね。」
「だが、万人が女を求めようとするではないか。」
男は言った。
「どういうわけで、長年にわたって、わたし以外に誰も、入ってよいかと聞きに来ないままだったのだ?」
女は気づいた。男はもう、今わのきわにいる。
かすかな聴覚でも聞こえるよう、女は男に大声でどなった。
「ここでは、他の誰も、入ってよいなどとは言われません。なぜなら、この入り口はただお前のためだけに用意されたものだからです。私はもう行きます、だからこれを閉めます。」